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慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎と新型コロナウイルス感染症後遺症(Long COVID)

私は、2006年に千葉県立東金病院で、初診後、急速に悪化し、摂食もままならなくなった慢性疲労症候群のうら若き女性患者さんに遭遇しました。確立した診断基準もなく、治療法もはっきりしない病気に、万事休す。藁をもつかむ思いで、この患者さんを、鹿児島大学医学部 鄭 忠和教授の下へ送りました。同年、和温療法で2名の慢性疲労症候群の患者が改善したとの鄭教授らの報告を見つけたことによります。半年後に彼女が元気に退院し、私の外来へ現れたときには、一人の若い女性を助けることができたという嬉しさと、和温療法の威力に感動しました。

 

既に、女性外来オンラインのホームページで慢性疲労症候群について読んでくださった方も多いと思いますが、この病気は、ウイルスや細菌による感染症に罹患後、急速に進行する疲労感、ブレインフォグと呼ばれる思考力・集中力・記憶力の著明な低下、全身痛や頭痛、睡眠障害を中核症状とする慢性疾患です(図1)。現在のところ、客観的診断基準も治療法も確定していません。

 

図1

最近、新型コロナウイルス感染症の後遺症(Long COVID)による慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎と思われる患者さんが、毎月、静風荘病院に入院してこられます。私が2006年から診てきた慢性疲労症候群の患者さんの範疇に入る病態ではないかと思い、診察・治療を行っています。

 

中国の湖北省武漢市で、第一例目の新型コロナウイルス感染者の報告がされたのは、2019年12月8日、日本国内で初めて感染者の報告がされたのは、2020年1月です。

当初は、コロナウイルスの発生源や感染力・重症化率・治療などの研究報告が多かったのですが、最近は、感染後の後遺症に関する研究がみられるようになってきました。最近の報告を拾い上げてみました。今回は、Long COVIDの定義と実態についてです。

 

Long COVIDの定義: 2021年12月に世界保健機関(WHO)による臨床症例の定義が、
「新型コロナウイルス感染症後遺症は、SARS-CoV-2感染の可能性があるか、または確認された病歴を持つ個人に起こり、通常は発症から3カ月経過後に、少なくとも2カ月間は続いていて、他の診断名では説明することができない症状がみられる。一般的な症状は、疲労、息切れ、認知機能障害などであるが、これらに限定されるものではなく、一般的に日常の機能にも影響を及ぼす。症状は、急性COVID-19のエピソードから最初の回復後における新規発症、または最初の症状からの持続という可能性もある。症状はまた時間の経過とともに変動することも、再発する可能性もある。」とジャーナルThe Lancet Infectious Diseasesに載されました1)。

 

Long COVIDは、呼吸器系障害、神経系障害、認知障害、精神障害、代謝障害、心血管障害、消化器障害、倦怠感、疲労、筋骨格痛、貧血など、ほぼすべての臓器系に影響を及ぼします。一般的には、疲労、頭痛、呼吸困難、無嗅覚症、刺激性異臭症(嗅覚の機能不全)、筋力低下、微熱、Brain Fog(記憶・記銘力・集中力の低下、文字化けなど)、などさまざまな症状が報告されています。そのため、今のところ、使用される定義は、調査対象の母集団、調査する期間によって異なり、その病気の定義も機構もまだ不明と言わざるを得ません。全体としては除外診断による診断となっています。

 

Long COVIDの実態について

 

1.オランダ:医学雑誌Lancet2022; 400: 452-461)2)に、オランダ・University of GroningenのAranka V. Ballering氏らによるLong COVIDに関する報告がありました。同国の約8万例を対象に23の身体症状について1年4カ月の間に24回評価し、従来の研究では考慮されなかったCOVID-19発症前の症状や同期間中のSARS-CoV-2非感染者の症状などをも考慮し、それらの因子を補正してLong COVID有病率を検討した報告です。結果は主に2つ。

 

A.成人COVID-19患者の8人に1人(12.7%)がLong COVIDを経験していた。

B.各症状の重症度(過去7日間の症状による苦痛の程度)を1(全くない)~5(極めて重度の苦痛)の5段階のスコアで評価し、COVID-19診断前後およびCOVID-19患者群と対照群で比較した結果、COVID-19患者群において診断後90~150日の時点で診断前および対照群と比べて重症度スコアが有意(P<0.001)に高かった症状は、胸痛、呼吸困難、呼吸時の疼痛、筋肉痛、味覚・嗅覚障害、四肢の刺痛感、咽喉頭異常感、熱感と冷感の交互出現、腕や脚のだるさ(重い感じ)、全身倦怠感だった。

 

※頭痛、めまい、胸痛、腰痛、悪心、筋肉痛、呼吸困難、熱感と冷感の交互出現、四肢の刺痛感、咽喉頭異常感、全身倦怠感、腕や脚のだるさ(重い感じ)、呼吸時の疼痛、鼻水、咽頭痛、乾性咳嗽、湿性咳嗽、発熱、下痢、腹痛、味覚・嗅覚障害、くしゃみ、眼の痒み

 

残念なことに、この研究ではBrain Fogに関する設問がありません。

 

2.日本:医学雑誌 2022年4月のScientific Reports(Long COVID occurrence in COVID-19 survivors | Scientific Reports (nature.com) 3)に、広島大学からの報告が出ています。

この研究は視点が、コロナ罹患後の心理的苦痛、業務遂行上の障害、コロナに関連した差別や偏見となっています。アンケート調査が行われたのは2020年8月~2021年3月まで。

127例のコロナ罹患後の患者さんが対象。52%の患者がコロナ罹患後後遺症を有していました。(平均罹患日数29日)。頻度の多い症状としては、嗅覚障害(15.0%)、味覚障害(14.2%)、咳(14.2%)で、リスク因子としては、高齢者(60歳以上)が若年者(40歳未満)の3.63倍。心理的苦痛については、男性の17.9%、女性の45%にみられました。業務を遂行する上での支障については29.1%の患者で報告があり、偏見や差別については、43.4%の患者が「あった」と答えています。

 

3.厚生労働省:厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き、別冊・罹患後症状のマネジメント」4)に、日本のLong COVIDに関する追跡調査としては、1,066例の入院歴のある患者を、2021年1月から2022年3月まで追跡した報告が掲載されています。厚生労働省研究報告「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の長期合併症の実態把握と病態生理解明に向けた基盤研究」(研究代表:慶應義塾大学呼吸器内科の福永興壱教授)によるもので、ポイントは3つ。

1.COVID-19の重症度で定められた軽症と中等症の患者が多い。

2.罹患後症状が1つでも存在するとQOLが低下している

3.診断12ケ月後でも、罹患患者全体の30%程度に、1つ以上の罹患後症状が認められたものの、代表的な24症状の多くは、その有症状者の頻度が経時的に低下傾向を認める。

(図2)

図2 代表的な罹患後症状の経時的変化

私のところを受診される患者さんの主たる症状は、疲労・倦怠感とまるで脳に霧や靄(もや)がかかったかのようにぼんやりとして、見聞きしたものが頭に入ってこない、自分の考えや発言がまとまらない、頭が回らず作業に集中できない、関節痛・筋肉痛、筋力の低下、睡眠障害です。まさに、ウイルス性疾患への罹患後に発症する慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎の患者さんの症状とそっくりです。

 

絶対これで治りますという確立した治療法はありません。

和温療法(全身・脳の血流をよくする)、経頭蓋磁気刺激療法、上咽頭擦過治療、ステロイドに代表される免疫疾患治療薬、鎮痛薬・睡眠薬などの薬物治療に加え、最近の患者さんからの情報では、鍼灸、高圧酸素療法、水素ガスの吸入等も効果があるとのことです。

 

参考文献:

  1. 1.Soriano, Joan B.; Murthy, Srinivas; Marshall, John C.; Relan, Pryanka; Diaz, Janet V. (21 December 2021). “A clinical case definition of post-COVID-19 condition by a Delphi consensus”The Lancet Infectious Diseasesdoi:10.1016/S1473-3099(21)00703-9PMC 8691845PMID 34951953.

2.Persistence of somatic symptoms after COVID-19 in the Netherlands: an observational cohort study – The Lancet

3.Long COVID occurrence in COVID-19 survivors | Scientific Reports (nature.com)

4.000952747.pdf (mhlw.go.jp)(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き、別冊・罹患後症状のマネジメント

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