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女性外来と漢方

女性外来ミニ歴史

私は、1999年に、村山正博聖マリアンナ医大循環器内科教授が開催された第47回日本心臓病学会で、シンポジウム「女性における虚血性心疾患」を企画させていただきました。2000年9月には、医学書院から、シンポジウムでの講演者に加え、多くの医師の協力を得て、同名の書籍を出版しました。全国の国・公・市立大学医学部の循環器内科教授に読んでいただきたいと思い、献本しましたところ、「天野先生の言う通りだ。僕たちには何ができるか?」と問われ、「性差を考慮した医療の実践の場」として女性外来を立ち上げることを提唱しました。その心は「女性外来の立ち上げにより、女性が困っていながら、医療の現場で取り上げられていない疾患が、色々あるのではないか?」と感じたためです。

2001年5月、鹿児島大学医学部第一内科 鄭 忠和教授の発案により、鹿児島大学医学部付属病院に国立大学として初めての女性専用外来が立ち上げられました。9月には、千葉県立東金病院(平井愛山院長)に堂本暁子県知事の要請を受けて女性外来が開設されました。公立病院では第一号の女性外来です。担当してくださる医師は、千葉大学医学部医学科大学院へ在籍中の竹尾愛理先生。女性外来の受診依頼の電話は、ひきもきらず、専属の電話が置かれました。私は、2002年8月に6年間在籍した東京水産大学(現東京海洋大学)保健管理センターを辞し、千葉県衛生研究所所長 兼 千葉県立東金病院副院長として千葉県に赴任し、週に1回女性外来を担当することとなりました。

女性外来は、性差医学・医療の実践の場であり、複雑で多岐にわたる症状に悩まされながら、医師にも、家族にも理解されず苦しんでいる女性たちの良き相談相手となり、性差を考慮した医療の実践をとうして問題の解決に当たることをめざしています。女性外来の理想的なあり方は、性差医療・医学の知識をきちんと踏まえたうえで、患者にきちんと対応することです。しかし、一人の医師での守備範囲だけでは、問題を完全に解決できるとは限りません。女性センターとして、多くの分野にわたる女性医師が確保できれば、一番望ましい形で女性外来運用が出来るのですが、そのような施設は多くありません。そこで2002年に性差医療情報ネットワーク(New Approach to Health and Welfare:NAHW)を立ち上げ、女性外来を担当する医師が孤立しないよう、多くの提案をし続けてきました。ひとつには、多岐にわたる愁訴に対して有効な漢方治療の修得を目指したセミナーの開催です。また、婦人科疾患や、内科疾患の中でも性差の明瞭に存在する疾患(脂質異常症、片頭痛、骨粗しょう症など)についてセミナーを重ねてきました。同時に日本性差医学・医療学会(2002年8月に性差医療・医学研究会として立ち上げ、2007年2月に学会として発展)をとおして、日本人男女での健康と疾病における性差について学問的研究も推進してきました。

 

漢方へまっしぐら

2002年、東金病院女性外来を担当することになり、東金病院の診療から見えてきたことは、大きく分けて下記の3つです。

  1. 受診者は中高年女性が主体で、主訴は多岐にわたる。背景として、エストロゲンの変化が発症の契機となっていることが疑われる。
  2. 患者が抱えているストレス上位は仕事、介護、配偶者、死別、子供であり、仕事と家庭の多くの役割を抱え込み疲れ切っている場合が多い。
  3. 様々な問題に悩んでおり、体調を崩し、内科、産婦人科、整形外科、心療内科などをすでに受診しているが、自分の体調の不良についての十分な説明が得られていないと感じている。

このような状況に最もふさわしい診療方法は何かと考えた時、Narrative-based Medicineと「未病を防ぐ」「「心身一如」(しんしんいちにょ)を基本とする東洋医学、中でも漢方を学ぼうと考えました。担当する女性医師のスキルとして漢方を学ぶことが、診療の場で大きな力を発揮するだろうと考えたのです。実は、日本の医学教育に漢方が取り入れられたのは2003年です。2003年以前に卒業した私たちは、漢方を学ぶことはなかったのですが、私自身は、幼少のころから富山の薬売りの方が置き薬として置いて行かれた漢方薬のお世話になっていましたので、すんなりと思いつきました。平井 愛山東金病院院長に相談し、製薬会社ツムラを介して紹介されたのは、弱冠31歳、日本大学医学部付属病院東洋医学科の木下優子先生でした。木下先生を講師として、千葉県女性外来担当医師の漢方勉強会が2002年12月に始まりました。

木下先生の講義の内容は、ちょっと型破りの気の張らない雑談がたっぷりというもの。明日からの臨床に役立ててもらおうという木下先生の想いがしっかりと伝わって来ました。みごとな講義でした。それから足掛け15年、千葉から始まった女性医師のための漢方セミナーは、「入門セミナー(入門編)」「アドバンスセミナー(フォローアップ編)」「ステップアップセミナー(上級編)」と医師の習熟度に沿ったセミナーと変わり、年に数回、1泊2日で全国的に展開されました。セミナーの特徴は「このセミナー内容をマスターすることで、女性外来を受診し、漢方薬を必要とする患者の疾患ほとんどに対処できるようにする」とプログラムが組まれていたことです。

入門セミナーでは、田代真一昭和薬科大学教授が、科学の切り口から「漢方は何故効くのか」を講義され、私は女性外来の現状や性差医学のトピックスを話し、木下優子先生が漢方(概論、基礎知識、領域別の治療)の講義と実技指導をされました。夕食後は、参加した医師同士の情報交換や、講師を交えて困っている症例についての意見交換が行われました。

アドバンスセミナーは、入門セミナーを終了した医師のための領域別(呼吸器、痛み、婦人科疾患、精神科、消化器、皮膚科など)セミナー。講師は、漢方については木下優子先生、内科疾患の性差については天野。

ステップアップセミナーはさらに上級を目指す医師のためのセミナーで、木下優子先生ならびに全国で活躍されている漢方の名医をお呼びしての授業。このクラスの中からは多くの日本東洋医学会漢方専門医が誕生しました。

2016年10月、突然木下優子先生の訃報が届きました。享年47歳。

入門セミナーは全40回、アドバンスセミナーは全23回で終了となりましたが、ステップアップセミナーは、2022年現在も1年に1回開催され、新たなメンバーも増え、各地で女性外来の担当医として、漢方セミナーの講師として活躍しています。

私も、20年間漢方の講義を聞き続けてきましたが、その奥行きの深さにはまだ追いつけていません。どうも、頭のほうは新しい記憶をとどめていることが難しくなってきているようで、最近は講義の最中に感動した内容について、正確に知人・友人に伝えることに自信が無くなっている有様です。しかし、後輩には言っています。「医療を極めようとしたら、東洋医学、中でも漢方はきちんと学ぶべきだと思います」と。

*narrative-based medicine: 患者が語る病の体験を、医師が真摯に聞き、理解を深め、また対話を通して問題解決に向けた新しい物語を創り出すこと。医療の質の向上、治療の促進が期待されます。科学的根拠に基づく医療(EBM:Evidence-based Medicine)を補完するものとして提唱されています。

*「心身一如」(しんしんいちにょ):身体と精神は一体であって、分けることはできず、一つのものの両面にすぎないという仏教の考え。

*「未病を防ぐ」:漢方治療は、西洋医学的検査で異常がないか、異常があっても病名がつかない段階(未病)から対応できます。

 

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